東野圭吾『新参者』講談社、2009.9 読了。
うーん、唸る。作者の企みに自由自在に操られる読者であることを自覚する。「このミステリーがすごい!」第1位、「本格ミステリベスト10」第5位。その高い評判に違わない出来である。
主人公は刑事・加賀恭一郎。デビュー作『放課後』の鮮烈な読後とは異なり、『卒業』では大学の交友関係でやや技巧的な殺人事件がおこる。その時に初登場したのが大学生の加賀であった。その時はシリーズ物になるはずもなかったが、やがて刑事として復活し、以後、たびたび登場する。とにかく細かいところに鋭い。シャーロック・ホームズのような慧眼もあるが、ワトソンは出てこない。シニカルでもない。
雑誌短編の集合体となっている。初出は2004年ごろであり、後半はここ1年ばかりで急速に書き足された。つまり単行本化に向けて編集者が本腰を入れてくれ、と頼んだのであろう。5年も前からこの決着を作者は最初から見越していたのだろうか。前半と後半で筆致が違うという意見もあったが、それほどとは思わなかった。
今回のテーマは人情物である。東野は徹底的にシナリオが書けるので、どのような線でこの物語を落とし、どこに読者を驚かせるか、感動させるか、というポイントを完全に掴んでいるように見える。それほど巧みであり、涙腺を刺激される。一言にすれば、感動を演出できる。そしてそうとわかっていても、感動してしまう。
トリックとレトリック。この2つの才能を持ったミステリ作家は滅多にいない。いや、通常の作家にも滅多にいない。しかも汎用性のある二重性である。一般の本格ミステリや多くの他ジャンルのように、この文書は世代を選ばない。老若男女、すべてに通用する。文書は平易である。狭くない。誰でも読める。ゆえにベストセラーになる。
1人の中年女性が殺される。しかし物語はそこに焦点がまず当たらない。加賀が懸命に解明するのは、その周辺の小さな齟齬である。そしてそのギャップが解かれても、読者には犯行の謎が解明されたようには見えない。しかし各短編が徐々に徐々に1つの像を結んでいって、ついに最後の謎を解く。いったん犯人は捕まる。しかしその後もある。加賀の推理はいったい誰に向けているのだろうか。
作者は犯罪被害者という世評に敏感である。これは5年前には書けなかった話であろう。ゆえに、テーマを急速に固めていった印象がある。今回は人情物、しかも犯罪の被害を緩和する物語、という具合だ。江戸の情緒を残す人形町を舞台にして、家族の喪失感をうたう。すべては計算尽くだ。
それにも関わらず、そこまでわかっているのに、涙なしには読めない。宮部みゆきや半村良の世界でもある。
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綾辻行人・有栖川有栖『綾辻行人と有栖川有栖のミステリ・ジョッキー1/2』講談社 2008.7/2009.11 読了。
いや、おもしろい企画を見せてもらった。ミステリ界の巨匠と言っても良い2人、40代後半であるが、もうそうであろう。ミステリ好きの人が全員知っている名前。そして絶賛の作品を次々と仕上げてきた2人。この2人の作風はかなり違うが、それぞれ惹かれ合うところはあるのか、一緒の仕事がよくある。『安楽椅子名探偵』という犯人当テレビドラマは伝説になっている。既にいくつもDVDになっているから、未見の人はいますぐに見なければならない。これほど論理的でしかも難解な謎解きがあっただろうか。
さて本書である。既に2冊出た。アイデアが前代未聞。対談集というのはよくある。アンソロジーもある。しかしその組み合わせはない。まるでDJのように、曲の合間におしゃべりをするように、短編をはさんで読んでもらう間に2人の対談が行われる。この組み合わせが誠に絶妙。
1冊目はかなりオーソドックスに、コナン・ドイル、江戸川乱歩、ディクスン・カー、泡坂妻夫、クイーンと紹介される。2冊目はかなり洒脱に、自作のほか何人かの短編が紹介される。それだけでもおもしろいが、とにかく対談がめっぽう楽しい。
いまだに本格ミステリがなぜ楽しいのか、それ自体が両者にとっても謎であり、その謎解きを楽しんでいるかのよう。両者が新本格派の騎手としてデビューして、既に20年が経った。この時期に若かった人は、感慨深いであろう。デビューしたてのころ、さんざんに人間が描かれていない、人工的なトリックなど何の意味があるのか、と叩かれた。しかしこの虚構の切り取り方も、また現実だったのである。
20年以上の年月は、両者の基本的スタンスも変えるかもしれない。「本格ミステリは決してパズルとイコールではない、けれどもパズルをテーマにしうる最も有効な表現形式である」(綾辻、第1巻、326)。「それ[感情を捨てて割り切れるもの]を捨てなくても小説は書けるというのが、推理小説のオリジナリティだと思います」(有栖川、第1巻、326)。
1980年代の後半、小説=人間を描く、という図式にさんざん抵抗してきた2人に見えた。有栖川のデビュー作は『月光ゲーム』、2作目は『孤島パズル』である。しかし20年後の2人はそのような図式が誤解を招くと認識するようになった。小説、物語であることが大事なのだ、と。
もちろん両者はデビュー作から、無機質な人間を描いてきたのではない。エラリィ、オルツィと渾名で呼ぶ大学生のサークルを描いても、その動機にはその当時の大学生にとって最も切実なリアリティを感じさせる物語であった。むしろ世間の方が誤解のレッテルを貼ったのであろう。そのレッテルに当人たちも逃れられなかったのかもしれない。
それが円熟味を増した中年の作家にとって、徐々にありのままを認める機運になってきたのだと思う。ミステリの楽しさを再認識させてくれる好著である。
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小説:テキスト庵オフライン・ミーティングの惨劇 (第3回連載)
第1回連載
作者急病のお知らせ
編集部からのお知らせ
第2回連載
あ、頭が・・割れるように痛い・・。ここはどこだろうか。わたくしは鈍痛の続く頭を振りながら、かろうじて身を起こしてみた。どうやらホテルの一室らしい。ずきっ。頭痛のたびに、昨夜の出来事が断片的に甦ってきた。
1次会は既に喧騒状態であった。やたらエロ話をする者、やたら家族自慢をする者、やたら病気自慢をする者、やたら贔屓の芸能人ネタを話す者、やたら一気飲みをする者、やたら静かに飲む者、それぞれがヒートアップし、わたくしの懸念など吹き飛ばすかのようであった。どうやら若干1名のみが、あの紙袋の男に気づいていた風なのだが、それとは確かめることもなく、別れてしまった。
・・思い出してきた。
悲鳴の後に駆けつけて、突っ伏した3人を遠巻きに見ていたのだが、そこで記憶が途切れている。次の記憶は、カラオケ屋であった。「いやわたくしは音痴でして」と断っているのにもかかわらず、マイクを差し向けられたので、しかたなく、「では」っと自信満々にステージに立ったのであった。十八番の「くちびるネットワーク」と「およしになってTEACHER」を唄ったのはいいのだが、完全にしらけてしまった。中でも女性陣の刺すような視線が厳しい。
あはは、と苦笑いしていると、ここでまた記憶が途切れる。
次の記憶は、相当に寂しくなった家路であった。どうやらわたくしは介抱されているらしく、しきりに「・・さん、大丈夫ですか」と問いかけてくる。今日の主催者の人、あるいは運営者の人だろうか。3人ぐらいで帰路に急いでいるようだったが、ふいに、「あ、チェックインしてきますので」という声で、誰かがいなくなった。そして自分を支えていた人もなぜか、ふっと消えてしまった。まるで神隠しにあったかのような、ふっと。
と、その時。新宿の大都会で、どうやらわたくしは1人に置き去りにされてしまったようだ。どうしたのだろう。つい前の瞬間まで知った人がそばにいた感覚だったのに、ひやっとするほどの冷気がふいに襲い、そして1人取り残された。
・・さっきまでの盛会は何だったのだろう・・。
・・なぜ、わたくしを置いて、みんな突然消えてしまったのだろうか・・。
大阪オフ会まであと6日・・。
あと4人・・。また脳裏に誰かが囁いた気がした。
(つづく)
***************
ここまで原稿用紙に書いたところ、突然、ピロリーンという音と共に、電子メールが届いた。「ん、何だろう」<柿柳>はさっそく、メールを開いてみた。「こ、これは・・・!?」
「背景:柿柳万年助教授殿;
今すぐ、馬鹿げた連載は辞めよ。さもなければ、血の雨が降るのであろう。
天災より。」
「な、何なんだ、これは。脅迫状?」<柿柳>はうろたえた。ブログにコメントはよく付くのだが、ほとんどが業者の宣伝で、仕方なく、IPアドレスとキーワードの両方で、ひっかかったコメントは自動的に削除(正確にはゴミ箱フォルダへ)される仕組みにしておいた。それを思い出した<柿柳>はゴミ箱を開いてみると、果たして、似たような脅迫状が何通もコメントされていた。
「な、なぜこの時期に? よっぽどオフ会について触れられたくないのか? この脅迫状は果たして誰から来たのか・・。」わからない。身の危険を感じ、改めてIPアドレスを書き取り、プロバイダや相手のOSやブラウザ情報も見ていると、ハンドル名が違うにも関わらず、同一であった。「これは証拠として残しておく必要がある。何かあれば警察に提出だな・・」
「それにしても誰がいったい?」
<柿柳>は5日後に迫った大阪オフ会に、今まで以上の不安を覚えた。
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会員番号8番の柿柳です、こんばんは。
http://www.suntory.co.jp/softdrink/boss/cm_press/index3.html
なんか新しいCMだよね。と言っても懐古趣味ばかりで、最近は新しいものを生み出す機運がないのだろうか。そう、1980年代を完全に風靡したおにゃん子である。そう、また猫である。猫好きの人々は今すぐ、このCMに随喜の涙を流さなくてはいけない。
このCMの一番シュールなところは、バックミュージックが刑事コロンボであるところだ。あの口笛イントロがはじける。なんでおにゃん子とタイアップなのだろう。その時代と同期しているということだろうか。
Wikiを眺めていると、名前を聞いたことがある40人ほどのその後の人生を垣間見ることができて、なかなか儚い。まこと夢もうつつも人生なり。
ちなみにわたくしのカラオケの十八番は「およしになってTEACHER」である。
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テキスト庵に関する衝撃的な事実に気づいてしまった柿柳です、こんばんは。
まずは極秘に仕入れた次のリスト(当社調べ)を見てもらいたい。
雪見「14番目のサンダル」
toshikk「ネコとあくしゅ」
のりこ「へにょへにょ日記」
kimuchimilk「ねこの日々」
sowaka「しなやかな猫」
森田邦久「猫だっていろいろ考えているんです」
よるねこ「夜になると猫は」
ふらここ「ふらここ猫の憂鬱」
薬川薬子「好奇心仔猫心ここに在らず」
淘太「猫って鳩胸
Hanpen「睡猫」
sowaka「しなやかな猫」
◎眉毛猫◎「GO!GO!北京!■□■北京的生活記録□■□」
猫茶漬「お茶漬更々」
ふらここ「ふらここ猫の生活」
猫髷「細い道」
Mikea「猫が来た(リリ&ルル日記)」
素光「憂鬱な昨日に猫キック 不安な明日に猫パンチ」
これらに共通する項目は何か。もちろん猫である。全国の猫好きブロガーのひとよ、こんばんは。
さて、わたしくが気づいた衝撃的な事実とは、世の中、これほど猫好きの人がこんなにいるのか、という衝撃的な事実である。さて、いくつかの仮説を立ててみた。
(1)テキスト庵はマタタビである。
(2)ブログ好きの人はみな猫好きである。
(3)善人には猫好きが多い。
(4)やっぱり、【な】さんが猫好きだからでしょうか。バニ郎って、バニーガール野郎のことですよね、ってウサギか。
(5)実は表明してないだけで、全員猫好きであり、猫好きではないとテキスト庵には登録されない。
(6)やっぱり、猫が好きだと、サクサク文章が書けちゃうじゃないですか。
(7)やっぱり、猫が好き。
上記のリストに漏れた方、お詫び申し上げます。
やっぱり、オレは犬好きだぜ。何しろ国家のイヌですから。
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ようやく国家的および国際的行事から解放された柿柳です、こんばんは。
極めて重要な重責を担っていたので、くだらないブログなど書く余裕が全くなかったのである。しかしそれも今日で終わり。ま、アポロ計画のようなもんだな。準備の期間があまりにも長いので、もう当日の成功は決まったようなもの。万が一に事故が起きても、十分に対処できる体制になっている。それでも制御不能なことも多々あるのだが、それは人智を越えた領域である。
各方面からのチェックも終わり、特に問題もなかったことが判明した。自分の役割はここまで。別の人は別の役割を担っていて、まだまだ終わりになっていない人も多い。が、わたくしの分は終わりなので、ゆっくり休ませてもらおう。
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本日のTwilog
* フォローしている 0 フォローされている 0 投稿数 3(0.1件/日)
* Twitter歴 4日 (2010/01/1より)
起床なう。今日はテレビ中継のため、頑張って起きる。
posted at 03:56
バナナ囓りながら朝食。イエメンでイケメン。いきなり2失点。おいおい。
posted at 04:04
山田君、退場。たいじょーぶか。平山山脈、登場。いきなり1点返す。すごいぞ。
posted at 04:25
前半終了。テロ発生中なのに、なんかのどかな雰囲気。警備員も見えない。
posted at 04:04
うわーーー、平山、同点弾!! すごいぞ。超絶なチェイス。頭2つ抜けている。。。
posted at 04:35
GOOOOOOOOOOALLLLLLL!!! 平山山脈、ついに開眼。帽子魔術でついに逆転!!!
posted at 04:53
よし、終了。勝ち点3げっと。これで本大会へ。お疲れ様。しかし平山すごいな。ねよ。
posted at 05:01
うわああ、遅刻か。と思ったら、今日は会議だけ。
posted at 08:24
さ、採点でもしよ。と思って、いしかわじゅんのサイトを見ていたら、「マンガ夜話」、次はやらないんだって。何でも偉いさんがサブカル嫌いで、追放されたらしい。ちぇ、不買運動でもやるかって、ワシ、テレビないんだっけ。
posted at 10:56
NEMUI... RT@Shinda: いつまでくだらないブログ回転じゃないよ。
posted at 13:38
あれ、なんかバグかな。。。
posted at 13:41
綾辻行人『Another』角川書店、2009.10 読了。
677頁の大著であるが、数日であっさり読めた。会話が多いからかもしれない。ホラー&本格、という触れ込みであろう。綾辻の何期目かの代表作になる可能性ありだ。それほど充実の読後。最近はちょっと苦しく書いているかな、という物語が多く(特に館シリーズ)、どうなることかと思っていた。予想は良い方向に裏切られた。
綾辻ワールドが縦横に走っている。少年少女の世界、記憶、妖しい人形、不在感、理不尽さと合理性。最も得意な世界を描いたのだから、すらすらと読めるのも当然であろう。
15歳の転校生少年が主人公。そして義眼の美少女。3年3組には呪われた掟があった。それはどのように始まるのか、なぜなのか、そして誰なのか。ぞくぞくと謎が解明されていって、それでも最後の謎と起こる。すべてはこの真相のための伏線であった。
1人、1人と命が消えていくときに、それでも残る真実とは何か。それは儚い記憶なのか、それとも改竄された願望なのだろうか。まさに綾辻ワールドの集大成である。1900円。本格ミステリ、このミステリがすごい、それぞれ第3位。10月というほとんど原稿締切で3位に飛び込んだのはすごい。逆に言えば、その前に出版されていれば、確実に1位か2位になっただろう。
あれ、なんかバグかな。。。
posted at 13:41
NEMUI...
posted at 13:38
さ、採点でもしよ。と思って、いしかわじゅんのサイトhttp://ishikawajun.com/を見ていたら、「マンガ夜話」、次はやらないんだって。何でも偉いさんがサブカル嫌いで、追放されたらしい。ちぇ、不買運動でもやるかって、ワシ、テレビないんだっけ。
posted at 10:56
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本日のTwilog
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* Twitter歴 3日 (2010/01/1より)
起床なう。ちょー眠い
posted at 05:56
パンを囓りながらしゅっきーん。さみ。
posted at 07:32
大学ついったー。おや、ドアが開かない。仕方なく守衛さんに頼んで開けてもらう。
posted at 08:29
さっそく1限。大きな声では言えないが、1限は眠い。学生も眠い。
posted at 08:57
おわた。さ、一休み。2限はブランクで、予習をよおしよう。
posted at 10:34
ひるめし。寂しく1人で。誰も相手にしてくれないので。その代わり、今日は超豪華な牛丼大盛りで。
posted at 12:07
さ、食った。コーヒーくれ、と店員に言ったら無視された。そっか、ここは牛丼屋か。
posted at 12:21
午後からばりばりけんきゅーするぞ、と誓って英語論文を読むが、数行で瞼がおもくうううう。
posted at 14:13
学生襲来。あんた、何の用だ。単に菓子を食いに来ただけか。
posted at 16:56
学生撃退。ようやく帰った。雑談相談所か、ここは。
posted at 18:04
ジムから突然電話。来月の会費腹ってね、ではなく、早く原稿出せ、という催促だった。orz、今時使ってみた。
posted at 18:55
腹減った。そろそろ夕飯にするか。と言っても近場の外食。
posted at 19:23
思わず、プレミアム・モルツの生を頼んでしまう。人間って弱い・・・
posted at 19:45
うー、食った。さ、これからけんきゅう研究。
posted at 20:41
眠い。論文の文字がうつろ、、、意識が。
posted at 21:67
さ、そろそろ帰るかな。今日も1日大儀であった。おしまい。
posted at 23:28
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西澤保彦『身代わり』幻冬舎 2009.9 読了。
超絶的な美しさと冷たさを持つタカチには、どの女優がふさわしいか。作者の周辺では冨永愛ということであり、松下奈緒で読むという人もいる。江角マキコが近い気もする。
9年ぶりの長編新作。タック・タカチシリーズと命名されているのだろうか。とにかくこの2人と、ボアン先輩、ウサコの4人が繰り広げる超絶の推理合戦。というよりは酩酊の愚痴の果て、というところか。国立安芸大学が舞台だが、こんな大学に行ってみたいものである。いや、やたらと殺人事件が発生して、悪意が充満しているので、近寄らない方が無難だが。
この作者の作品はすべて読んだ。はず。どうも1冊読んでいないようであるが。15年で50冊の本を上梓したということだから、まあかなりのペースである。しかしシリーズものの両巨頭であるチョーモンインシリーズとこのシリーズはなかなか長編が出ないのである。短編もおもしろいのだが、物語を十分に進めるには量が足りないわけで。
そして9年ぶりである。これほど間が空いてしまうと、前作『依存』の内容ですら、すべて忘れてしまう。だいたいこんな話だったか。この作品は重要な後日談となっているので、まずは文庫で『依存』を読み直して復習をしてから、本書にかかるべきであろう。
この作者のキーワードは、酩酊、妄想推理、自意識過剰、歪んだ悪意、というところであろうか。とにかくちょっとだけずれた妄想や悪意を持つ主人公が存在し、それを推理する側にも徹底的に邪悪な粘膜がとりつく。読後は極めて悪い。人間の悪意そのものを誇張した形で、これでもかと見せつけられるからである。しかしそれにもかかわらず大きな魅力がある。思いもかけない推測、推理、氷解。この醍醐味があるからこそ、すべての作品を読むのだ。
本書での悪意は、他人を自在に操ろうとする全能感、勘違いの横恋慕である。そしてモチーフは、さりげなく女が見せた好意が、いかに男を勘違いに走らせるか、という恐怖感である。男の情けなさと言い換えても良かろう。本当にこの作者は微少な人間の業を最大限の悲劇に引き上げるのが好きだ、得意だ。
過去において作者が描いてきた悪意には、少年時代の自意識過剰が長じるに連れて劣等感・挫折感に変わっていく様、ネット社会のいびつな欲望を描き、特に異常で自意識過剰なサイトに、それ以上の粘着なコメントを日々付けて回る様、夫のある身でありながら、他の男を常に誘惑せずにはおかれない女の様、特に学園生活で上履きや答案用紙が盗まれるだの小さな謎に大きな悪意を描いた様、など様々ある。
タック・タカチがようやく社会復帰してくれたのか、ということで感慨深い。相変わらずボアン先輩は完全に飲んだくれて、女刑事にもナンパする始末。ウサコは兎のようにまたまた丸まっている。とにかくシリーズ物の復活である。もっと読んでおきたいが、その9年間はあっさり一晩の読書で終わってしまった。
昔ほどは悪意が薄れたのかもしれない。やや筆致が鈍っている、柔らかくなっている、という感想が多い。確かにそうだ。ぞっとするような悪意、『黄金色の祈り』で見せた超絶的な悪意を見てみたい気もするが、本人たちの社会復帰にはこのぐらいのマイルドさが良いのかもしれない。
もちろんこの動機とトリックは見破れない。本年度・本格ミステリ第2位の作品。
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鏑木蓮『東京ダモイ』講談社文庫、2009.8 読了。
第52回回江戸川乱歩賞受賞。2006年度であるから、もう3年前である。3年たって文庫に入り、解説も付き、その作家がどのように活躍しているかがわかる。それゆえいつも毎年8月の文庫を楽しみにしている。
江戸川乱歩賞は乱歩の名を取っているが、受賞作は乱歩の作品を彷彿とさせるようなものではない。むしろその年の広義のミステリの集大成ということであろう。選考委員によってもだいぶ変わってくる。近年の傾向としては、まず第1に小説としてのおもしろさがないと受賞は無理である。
このおもしろさには、読みやすさと新しい情報に分割できるだろう。読みやすさは独特の文体と言っても良い。学者の文体は学者のみに共有されるので、それ以外の人には読みにくい。しかしそれは当然であり、知の体系が共有されている狭い領域では、最も効率的な伝達技法であろう。しかし一般の読者向けには、圧倒的に読みやすさが必要だ。単に平易ということではない。なぜかしらぐいぐいと読めてしまう不思議な文体がある。新人でそれを備えていると評価が高い。
そして題材が新しい切り口になっていることだ。例えば明治時代の東京地図、死刑制度、脳神経、検察組織、食品監察官、エノケン一座、オートバイ、浮世絵などなど。少しは知っていること、全然知らなかったこと。これらの情報を非常に専門的に描き、トリックや舞台の題材としながら、非常に独特な世界を描ききることである。
そしてその前提に、第2の何らかの謎が加わる。その逆ではない。謎は物理的・心理的なトリックでも良いし、犯人宛でも良いし、特殊な動機でも良い。謎の設定と隠し方、曝き方が秀逸であればあるほど、受賞に近くなる。
さて前置きが長くなった。
本書はなかなかよろしい。同時受賞の『三年坂』よりも楽しめた。ダモイとは帰還のこと。シベリア抑留。過酷な状況で発生した60年前の不可解な殺人事件と、現在の失踪事件。これがどう関わるのか。俳句入りの手記を使う手法である。俳句そのものが謎を解く鍵だ。ここの解明が少々むずかしい。不可解なトリックはなかなか切れがあった。この状況では当然に思いつくやり方であるが、状況設定が巧みであった。その凶器を持てたのは誰か。あるキーワードについて具体的に連想が働かないと、このトリックとその人物は当てにくい。
手記の部分にもう少し、古さがあればなお良かった。仮名遣いや漢字など、古さを装えるものはあるはず。地の文と連続的であったので、ここが工夫できるだろう。探偵の役割分担も良い。一方で自主出版社の男女コンビ、他方で京都の警察官コンビ。両者が徐々に犯人像に迫る方式。後者は京都弁であるので、この方言の使い方もうまい。作者は佛教大学卒業なので、地の利というところであろう。
新しい情報としては、当然にリベリア抑留。数十万人が犠牲になったとされるが、その実態は通常は届きにくい。それをミステリという形で現代に甦らせた。それだけで作者の功績は大きいだろう。もう1つはやや小粒であるが、自主出版の業界について。本を出版したいという欲望を叶えてくれる装置について、その実情と理想について、うまく内幕を語ってくれる。
読者の評は割れているようだが、自分にとっては非常におもしろかった。作者の卒業論文が「江戸川乱歩論」であったという符合も好ましい。立教大学(乱歩の息子が教授であった)が創出した池袋ふくろう文芸賞も受賞している。
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[編集部からのお知らせ
読者からの要望や苦情が強く、検閲の結果、ハンドル名はすべて仮名としました。興味は半減どころか4分の1減していますが、耐えて下さい。]
小説:テキスト庵オフライン・ミーティングの惨劇 (第2回連載)
そして、当日。
ついにここに来てしまった。新宿駅から割合にすぐ。しかし東京や人混みに慣れていないわたくしには、かなりの難儀であったので、大事をとってかなり早く会場に着いた。早く着きすぎたので、会場の周りをぐるぐる歩きながら、今後の計画について思いを巡らせていた。
わたくしの計画は単純である。オフ会を察知する直前から、もう1つのサイトを立ち上げ、早々とテキスト庵に登録しておいた。わたくしの別人格と言ってもよろしい。このサイトのハンドル名を使って、オフ会に参加するのである。そしてもちろん、本体のサイトからも、何かとオフ会の話題を出し、多くの人の興味を集めるようにしておいた。本体からは、紙袋を被って出席する、と明言しておいた。
別人格とはいえ、非常に緊張する。何しろ初対面の人たちばかりなのだ。5分前に来たふりをして、勇気を振り絞って会場に入る。既に数人の人が到着していて、なるべく同世代のように見える人の横に座った。すぐに何人かが到着し、その度に自己紹介が続く。
「はじめまして、会員番号5296の・・・です。まだ新参者なので、たいしてブログも書いていないのですけど・・・。」
「いやあ、時々読んでますよ。・・・さんでしたか。」とAさん。
「それにしても主催者の人が来ませんね。」とBさんが嘆く。
「まあ、大学教員ですからね、時間を超越した存在なのでしょう。」とCさんが鹿爪らしく頷く。
などと和やかに談笑が続いた。一角は女性陣が占めていて、何やら盛り上がっている。別の一角では既に勝手にアルコールを頼んでいて、ここも盛り上がっていた。
ようやく時間ぴったりに運営者の人が登場。「いやあ、道に迷いまして」「遅いぞ」「待ってました、大統領」「いつもお世話になっております」「初めまして」などなど、一斉に場が盛り上がった。
わたくしも初めて運営者の人に会う。にわか知識ではサブングル加藤さんに似ているという噂が流れていたが、このお笑い芸人については何も知らなかったので、似ているかどうか確定できなかった。しかし何かしら違和感を持つ。「この人とどこかで会ったことがある・・?」
オフ会は10分で既に最高潮に達していた。会場が狭いせいか、盛り上がりが助長されて、次々と飲み物も追加され、食べ物も徐々に出てくるはしからなくなっていく。右側では「あんたのハンドル名は・・・なんだよ」となぜか怒った声が聞こえ、左側からは「どうしたらそんなに長い文章が書けるんですか」「どうしたらアクセス数を増やせますか」といった真面目な質疑応答が続いている。
しかしわたくしは徐々に、強烈な違和感を感じるようになった。
ここには15人しかいないはずだ。しかしどうも部屋の仕切りの付近から、ちらちらとこちらを窺う、異様な風体の男が見えるのだ。
その男は、紙袋を被って、目だけをぎょろぎょろとこちらに向けている!!
わたくしはアッと叫びそうになった。これではまるで、柿柳の予告通りではないか。しかし、なぜだ。ここにわたくしはいるのに!
わたくしは急いで、周りの14人を見渡した。それぞれかなり泥酔気味の人、議論に熱中している人ばかりで、異様な風体の男に気がついたように見えない。「だいたい・・・のブログは生意気なのよ」「一時期ぶっとんでた・・・さんは、今どうしてるんでしょうね」
「あっ、あっ」
「おや、どうしたのかね、・・・さん。気分でも悪いのかな」とDさん。
「そうですよ、つまらないブログを書きすぎじゃないの」とEさん。
さすがのわたくしもムっとしたので、「いや、そこに変な・・・」と言いかけて、その方向を見るが、既に誰もいなかった。「あはは、ちょっと酔っぱらいましたね・・」とその場はおさめた。
しかし強烈な酔いが回ってきたこともあり、トイレに行くふりをして、ちょっと会場から抜け出した。急いで紙袋男がいたと思われる場所に行ってみる。誰もいない。「おかしいな。」冷気に触れて、いくぶん冷静さを取り戻した。が、その時、会場から叫び声が聞こえた。
急いで会場に戻ると、3人が机の上に突っ伏していた。「こ、これは・・・」と思わず、運営者の人を見る。「いやあ、泥酔してバタンキューみたいですよね」「飲み過ぎだっつうの」「いつもこうだからねえ、・・・さんは」
そうなのか? おそるおそる1人の肩をさすってみるが、ぴくりともしない。まるで死んでいるようだ・・・。このまま放っておいていいのだろうか。
あと7名・・・
悪魔の声が聞こえたような気がした。(つづく)
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